昭和の風林史(昭和四九年五月十六日掲載分)
小豆は、あれほど強かった人気が、
まったく弱気に片寄ってしまった。
二万円相場はこれからだ。
「鉄線のふかるる花のうらおもて 青朗」
ここから下には行きにくい小豆だ。
市場人気のほうは、まさしく〝青田ほめ〟で、
二万円を言う人はいなくなった。
完全に弱気支配の市場である。
しかし相場はもう下げない。
生糸、乾繭、ゴムなどを
強気していた有力な職業投機家・桑名筋が
各市場でそれらを手仕舞っていた。
彼は小豆も強気しているが、
このほうは投げていない。
戦線を小豆一本に絞ってくるのではないかと
市場で噂されている。
古い諺に「よく泳ぐものは、よくおぼれる」
というのがある。河童の川流れだ。
日本陸軍は二方面、三方面作戦を
最も下策な戦略としていたが、
終局は八方破れで
支離滅裂な戦略になってしまった。
桑名筋にしろ静岡筋にしろ、
見ていると随所に焦りがある。
昨年前半までの、
いうならインフレの申し子のような、
インフレという御威光に乗った、
半ば僥倖(ぎょうこう)の勝ち軍(いくさ)とは
相場の性格が変わっているのだが、
過去の実績からくる過信があるため、
無理が生じ、焦りが生じる。
あれは僥倖に過ぎなかったのだ―
と原点に戻って、
過去の栄光を全部ぬぐい去らねば、
相場の本当の怖さ、相場の大きさを
知らずに無理を重ね、あたら兵馬を死地に投ずる。
〔馬上を以て之を得るも
いずくんぞ馬上を以て之を治むべけんや〕
という言葉がある。
〔兵、驕る者は亡ぶ〕。
われわれは、流れが変わっていることを知る。
桑名筋が投げた商品は、
〝あく抜け〟と見られ歓迎の花火を上げた。
相場界は、時の権力者、実力者の
ポケットの中の弾の数をよく知っている。
弱しと見れば野盗の如く群り
強しと見れば媚び迎合する。
だが〝兵法は労に乗ず〟である。
疲労したところを衝く。
相場市場が戦いならば、またそれも止むを得ない。
荀子(じゅんし)は喝破した。
〔人の性は本来悪なり、その善なるは偽なり〕と。
さて、小豆は二万円相場の前々夜が終わり、
いよいよこれからが前夜祭である。
かなり人気を弱くしたあとだけに面白くなる。
●編集部註
迷いなき一点突破戦略。
間違ったら損切りするだけなので、
リスキーに見えて存外安全である。
問題はどこで〝シマッタ〟と判断するか。
当った場合にどこで退出するかである。
【昭和四九年五月一五日小豆十月限大阪一万六八六〇円・一〇円高/東京一万六七四〇円・二〇円安】