昭和の風林史 (昭和四七年四月十三日掲載分) (2014.05.07)
地獄への道は まだはるかなり
買い方が、うなっている声が、
まるで快適なマーチのように聞こえてくる。
投げればスッとするのに。
「山吹の落花を重ねまこと濃し 青邨」
投げる時は理性を失っているから
群集心理で、ひきずり込まれて、
端で見ている人までも腰が抜ける。
革命相場とは、そういうものである。
ストップ安!!。買いもの無し。
買いハナ六百枚!!。あと抽選!!。
いまの相場が本気で放れてきたら
(すでに見る者をして、この相場は放れているのであるが)
先限の九千三百円である。
未曾有の在庫量。交易会で契約、
コロンビア産入荷、台湾から大幅に値段を下げて売ってくる。
産地の天候順調。作付け面積増反。
本年は42年型の豊作予想。
北海道にまだ隠れた小豆がある。
需要期が過ぎる。あいつぐ小豆の入船。
お酒を呑みすぎて肝臓を悪くすると、お顔が黄色になる。
黄だんという。
小豆を買いすぎて引かされてばかりいると、
お顔がだんだん黒くなる。紫がかった黒である。
金取り病(やまい)死に病(やまい)。
銀行にでも農協にでも、
お金を預けておくと一日過ぎたら一日分の日歩がつく。
こちらのほうは買い玉を持っていると
一日過ぎたら一日分だけ証拠金が消える。
出血甚だしい時は追証の鬼の声が
電話線を通して耳もとでささやく。
玉を切るか追証を入れてください―。
お顔の色が黒くなるのも至極当然。
その逆の立場が売り方で、
こちらの方は血(けっ)色がよろしい。
人の苦しんでいる声が、
まるで軽快なマーチのように聞こえたりする。
苦しもうとて買った玉ではないが、
どこでどう間違えたか、気がついた時には深いキズ。
投げることは知ってはいるが、
投げたあとの始末を考えれば、
一日のばし、二日のばし、その間にも
値は下がるし、相場聞くのが怖い。
黒板聞くのも怖い。
ままよとお酒に逃げれば苦い酒。
つい深酒で悪い酒。
朝になったら下痢になり、昨夜の麦酒が悪いのか、
オンザロックで冷やしたものか、
おなかはシクシク、相場はダラダラ。
そういう私になりたくない―。
いや、投げるということは、
あれは大変なことで
引かされた幅が大きければ大きいほど、
玉が大きければ大きいほど
毛布や冬の掛け布団を頭からかぶって
ええい、ままよと目をつぶる。
そしたらその瞬間、スーッとする。
●編集部注
自分が最も嫌な情報を一番に仕入れて
行動するのが危機管理の鉄則だ。
曲がった玉をぶん投げるとスッキリする。
ただこれは投げた事のある人しか絶対に味わえない。
生憎、我慢の挙句に布団をかぶって寝て
スーッとした経験はない。これも一つの境地なのか。
【昭和四七年四月十二日小豆九月限大阪変わらず/東京一〇円安】