昭和の風林史(昭和五七年三月九日掲載分)
寸を進めずして尺を退く
敢えて寸を進めずして尺を退くのが兵家の奥義。
買い方はこのことを知っていない。
動かぬ相場の強弱も
三日、四日は書けてもそれ以上になると、
それも芸の内とはいえ、しんどい。
相場とはよくしたもので
閑散の極点を過ぎると動きだす。
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昭和の風林史(昭和五七年三月八日掲載分)
黙して語るところなしか
待てば海路に日和ありという。
閑も相場か。罫線も発言しなくなった。
待つだけ。
株式市場のご機嫌が良くない。
ロンドン金相場も続落。
日本国内も景気の冷え込みが浸透していく。
親たちの財布のひもが締まるから
学習塾の子供が減ったり、
お習字などは、
先生たべていけないほど子供が急減して、
墨硯筆屋さんも売れ行きガタ落ち
―と世の中厳しい。
売れてる、売れてると小豆の街は言うけれど、
仮需が先行して、
実需はそれほどでもないと思う。
ジャスコやダイエーのスーパーでさえ
売り上げが落ち込んでいる時に、
小豆だけ好調の売れ行きなどあり得ない。
それが証拠にザラ場は売りものばかり―と。
誰も見送っている閑な市場で
目立つ買い手口を入れると
値は締まるように見えるが
買いの声だけで玉は抜けているから、
次の日に連動しない動きになる。
大阪穀取と協会は来週末13日、
兵庫突堤の上組大豆撰別工場の見学会を
取引員及びお客さんに呼びかけている。
これは輸入大豆市場振興策の一環である。
行ける人は一度みておくとよい。
大豆の市場振興策もよいけれど、
これでは
小豆の市場振興策もやって欲しいという。
これは毎年いま時分になると
閑になることは決まっていて、
毎年、
三越の屋上に鯉幟が立つ頃までの辛抱よ
―と書くのである。
あれは四月中頃から
鯉幟を出すのでなかろうか。
などと話していると、
大穀前常務の吉次さんが亡くなったと
悲しい知らせを受けた。
まだこれからのご活躍を
期待されていただけに氏を知る人は愕然。
謹んでご冥福を祈る。
相場のほうは春眠をむさぼっている。これも相場のうちと思うようになる。
●編集部註
当時の物価はどんなものであったか。
週刊朝日編「戦後値段史年表」(朝日文庫)
を見てみる。
文部省幼稚園課の調べによるこの年の
幼稚園の保育料は、年額で4万3200円。
東大の受験料は1万7000円、早大は2万円。
早大文科系の年間授業料は34万円、
理工系で54万円。
大学予備校、研数学館の
年間授業料は19万7000円。
まだ日本に金先物市場は出来ていないが、
この年の徳力本店の年間最高小売価格は
1㌘=4220円。
東京の地下鉄の初乗り運賃は100円で、
もう20円足すと山手線の初乗り運賃になった。
日経平均株価は下り坂。
しかし、7000円を割り込むと買いが入る。
この相場が一転上昇トレンドに変わるのは
10月に入ってから。
以後8年弱上げ続ける事になる。
昭和の風林史(昭和五七年三月五日掲載分)
ひっそり閑と息ひそめて
藤原清輔は、
ながらへばまたこの頃やしのばれむ、
憂しと見し世ぞ今は恋しき―と。
『なんとかなりませんか』と
張り付いてしまった小豆に悲鳴をあげる。
『五千円は岩盤なんでしょうかね?』と。
強弱語るものなし。
ある人は、このような膠着状態で
天候相場までいくのじゃないか?と。
それはまた、春の日は伸びたとはいえ、
あまりにも気の長い話だ。
大阪の穀取と協会が
輸入大豆市場の振興キャンペーン中だが、
手数料が抜けない動きでは、
どうしたもんだろう。
国際金相場がジリ安の時代である。
あの物価高に火をつけたオイルでさえ、
値下がりしている。
世界的不況が浸透して
大不況の前兆などと、おどかされる。
普通は市場振興策など
やろうとする時分になると、
不思議に活気がよみがえるものだが、
まだ辛抱が足りないのか。
それともシカゴが悪いのか。
値千金の春の宵、
日経の堤氏と近くの呑み屋で、
どうなんだろうねこの小豆―と。
彼『上に五、七百円持っていくと
下げやすくなる。
逆に、下へ五、七百円落とすと、
上げやすくなる。
そんなふうな相場じゃなかろうか?』と。
ほとんどが商社マンの部課長クラスが
カウンターで飲んでいるこの店も、
近頃なんで
こんなに閑になったのでしょうという。
客種はよい。お酒は加茂鶴の樽。
おでんはうまい。お勘定は安い。
少し遅くいくと入れなかったのに。
金の相場も崩れるご時勢に
小豆の値だけが突っ張る道理はない
と思うのが人情。
おでん屋でさえ閑だから、
小豆市場も閑になって当たり前か
と思うのであるが困ったものである。
●編集部註
米国市場は1979年10月に
ボルカーショックがあった。
その3カ月後の翌年1月、
NY金相場は
当時の史上最高値を更新後大きく下げる。
同年3月まで下落後に反転上昇した相場は、
9月に2番天井をつけて
長期下降トレンドに転換。
82年6月まで下げ続ける。
つまりこの当時は金が
〝陰極〟直前の時間帯である。
この流れに
ドル/円相場の動きを重ねると面白い。
81年1月頃、為替市場は
1㌦=200前後で推移していた。
82年10月頃、1㌦=277円まで
円安になっている。
3月は1㌦=240円前後。
ドル/円相場とNY金との間には
3カ月程度のズレがあるが、
この年は節目の時間帯であった。
昭和の風林史(昭和五七年三月四日掲載分)
潮時くれば勝手に崩れる
相場は人為の及ばざるものなり
という事を知っておれば、
下がる時がくれば下がる。
ひさかたの光のどけき春の日に
小豆の相場のたりのたり。
商いが薄いということは、
投機の食欲がないわけで、
食欲がないのは体調が悪いか、
たべるものに飽きがきたかである。
ものをたべないと体力が弱る。
セールスも単品取引員も、これでは困る。
上がるか、下がるか相場の居場所が
大きく変わると、
おカズも変わって食欲が出る。
出来高は、食欲のバロメーターである。
上昇トレンドから相場は
踏みはずす格好になった。
しかし取引員の自己玉の買いが大き過ぎる。
取引員側からいえば
今の小豆のポジションは上げ賛成になる。
期近限月も売り方は玉負けである。
渡す品物が読めているあいだは、
売り方まるで
ガダルカナル島の制空権を握られた日本軍。
人の話によると、なにによらず
モノの売れ行きが極端に悪いそうだ。
それは手軽な一杯飲み屋でさえ閑だという。
国会が野党の減税要求で審議が止まるのも、
国民生活の苦しさのあらわれである。
物の売れない時に小豆だけ売れるはずがない。
そのように思うから相場を売っておこうと考える。
しかし市場理論では、内部要因が下げさせない。
相場というものは、
下がる時には自然勝手に下がるものだが、
それには時期、潮時がある。
見ていると、どうやらその潮時が来たみたいだ。
売っている人から電話が多い。
相場が百円、二百円高いと気になるらしいが、
その節の出来高をご覧になれば判ることです。
それは実の値でなく虚の値だから、
すぐ下がります。春の天井打っています―と。
●編集部註
まさか現役の相場師に
小豆相場で本歌取りされるとは、
紀友則も思わなかっただろう。
紀友則は、土佐日記の作者、紀貫之のいとこにあたる。
昨今、競技かるたを舞台にした漫画が評判を呼び、
映画化され話題になっているので
〝ひさかたの―〟で、
ポンと下の句が出て来る人は多いだろう。
功利主義や合理主義が偏重される世の中になると、
古典や教養としての文学の類が
白眼視される傾向が。
斎藤緑雨も筆は一本箸は二本と自嘲する。
現在もその傾向が強い。
世界的に
反教養主義が席巻しているように見える。
だが、人はパンのみにて生きるに非ずともいう。
何事も、無駄なところにヒントは眠っている。
経済本を読むくらいなら、
絵の一枚でも観て感性を養った方が良い、
と古参の相場師に言われた事を思い出す。
昭和の風林史(昭和五七年三月三日掲載分)
弥生三月相場の崩れどき
三月は下げなければ相場にならない。
下げてみて、
やはり悪かった実勢を知るだろう。
相場が激しく動くのは、
なにかに期待した時か、
その期待が、
はずれた時のどちらかである。
小豆各節の商いは細々としたもので、
僅かな玉で高下する。
現在は、あまり期待もしないかわり、
期待はずれともいえず、
硬軟模様眺めだからしようがない。
強気は
五千円以下は立ち入り禁止と決めている。
はじめの立ち入り禁止は
三千円以下ということだった。
いつの間にか四千円になり五千円になった。
これは相場世界で日常茶飯事。
去年の高値も当初三万八千円が目標だった。
それが四万円になり、四万二千円になった。
言うは易く、実行は難し。
いま、五千円以下は立ち入り禁止の
五千円を割ってきたら、
人気はどのようになるだろう。
いよいよ本崩れ始まるとばかり
売ってくれば、これは摑まるかもしれない。
逆に、やれやれの利食い先行と、
値頃観や仕手期待感で買ってくれば、
その時は四千円の踏み板を破るかもしれない。
相場なんて、そんなものである。
実勢はどうか?。小豆の実勢は悪い。
悪いのに下がらんのは、
定期が玉負けしているからだ。
逆ザヤがそれを教えている。
このような相場は
前(当限)から崩れてきたら、
ひとたまりもない。
先三本のサヤ関係を見ていると、
サヤすべり現象である。先安暗示だ。
買い方にすれば、
坂から転がり落ちようとする相場の歯止めは
先を強引に買うしかない。
しかし効果はないだろう。とにかく重い。
●編集部註
個人的に無限月の東京金スポットを中心に
取引しているせいか、
昔よりもサヤの存在をあまり意識しなくなった気がする。
基本的に商品先物相場は現物があってこそ成立する。
現物は、倉庫にある。
倉庫会社は預かっている現物に対して倉荷証券を発行。
受け渡し時、受け手にはこの証券がやってくる。
倉庫会社が現物を保管している間保管料が発生し、
先物価格にはこの金額が反映されるので、
本来なら保管期間が長い期先限月の方が高い。
これが順ザヤという。
これが需給の変化で逆パターンになる事が。
これが逆ザヤである。
これ以外に、おかめザヤや天狗サヤ等サヤを
利用した取引が有効活用され、
サヤ取りの専門書が
昔は多く出版されていた気がする。
ただ、これらの戦術は
しっかりと商いがあって初めて成立する。
薄商いではどうしようもない。