昭和の風林史(昭和四九年十二月五日掲載分)
大局を掴もう 来年は大相場だ
目先目先を考えるなといっても
毎節相場を聞いていると、ついそうなる。
相場から離れる事も必要。
「水増て※(いさざ)とれぬ日続きけり 円嶺」※魚へんに少
相場記者を長年やってきて、
たったひとつの事を悟ったような気がする。
筆者は昔、証券記者だった。
その後、もっぱら小豆専門である。
小豆相場は大阪に穀取が再開された時、
御祝儀の玉を出せというので、
わけもわからず手を出して以来、随分苦労してきた。
今でも小豆、手亡の各限別の日足と節足は引いている。
一時、ケイ線に熱中して、いろいろな線に凝ったものである。
なにを悟ったかといえば、
目先を追ったり、目先ばかり考えていては
相場で産をなす事は出来ないという事である。
広島の西田三郎商店に渋谷孝男氏という支店長がいる。
お酒の好きな方で剣道の達人だと聞いている。
この人が前々から広島で一杯やろうと
おさそいを受けているが、なかなか行けない。
新聞の配達の事でお世話になっているので
筆者のかわりに当社から他の人がお伺いした。
その時
『あの方は今年の手亡で一億円ばかり儲けました』
と教えられたそうだ。
西田三郎商店には各地の支店に有能な人物が配置されている。
そしてその人間性にひかれて安定したお客さんが多い。
そして、このように儲けている。
西田の真鍋社長は渋くて新聞の広告料など雀の涙といいたいが
蚊の涙ほどしか出さないが、
西田の店をこのように誉めるのは
なにも金銭にかかわりがない。
近ごろとみにオナシスみたいな風貌に
なってきた真鍋氏にしても真面目だ。
だから筆者は贔屓にする。
話が横道にそれたが、
今年の相場で今の店をふっ飛ばした相場師や
取引員経営者を多く見てきた筆者は
急に広島の西田三郎商店に行ってみたくなった。
相場で大儲けするには、ひとつは運がなければ駄目である。
相場記者の経験でそのことは嫌というほど見てきている。
しかし、運だけでは億単位の利益は手に出来ない。
そこに〝相場道〟というものがある。
〝相場道〟とはなにか。
相場には〝相場学〟と〝相場術〟と〝相場道〟がある。
学や術では時点、時点では儲かったりするが
結果はマイナスである。
相場道―この事を考えたい。
●編集部注
いまどき〝三角大福中〟といっても、
何の事やら判らぬ人が多いと思う。
城山三郎氏の「賢人たちの世」を読むと良い。
田中政権が倒れ、次期首相選びは難航を極めた。
最終的に自民党副総裁、椎名悦三郎が三木武夫を指名。
「椎名裁定」である。
【昭和四九年十二月四日小豆五月限大阪一万七五〇〇円・三三〇円高/東京一万七四一〇円・二九〇円高】
昭和の風林史(昭和四九年十二月四日掲載分)
目先を考えずに 長期展望の強気
忙しければ忙しいほど、いろいろな事を考えるのであろうか。
相場のほうは強気一貫である。
「佗助や障子の内の話し声 虚子」
松永安左ヱ門氏が常に口にしたという言葉に
『小さな妥協は小さな人物でも出来るが、
大きな妥協は大きな人物にならなければ出来ない』―
という言葉を近ごろよく思い出すのである。
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「病む師走わが道或はあやまつや」 波郷 (2016.12.05)
昭和の風林史(昭和四九年十二月三日掲載分)
〝全協連〟とは何か 全取引員の団体だ
相場のほうは、これという動きはない。
今までに書いてきた方針から一歩も出ていない。
「病む師走わが道或はあやまつや 波郷」
アメリカのニクソン前大統領は
二年余にわたる悪戦苦闘の末退陣した。
これはスポーツでいえばボクシングだ。
何ラウンドも血みどろの殴りあいのあとダウンした。
田中首相は相撲の土俵で転倒する前に、
それを見越して引退届けを出し不戦敗となった力士みたいだ。
―と、朝日ジャーナル〝丸太小屋と太閤記〟執筆者は比較している。
ボクシングと相撲、民族性の違い。
なるほどと思わせる。田中退陣は、いかにも日本的であった。
きょう全協連は辰巳商品の委託者債務の補償問題と
新しい共同補償基金の設立と運営の問題、
そして取引員の持ち分譲渡、譲受に関する
自主規制の制度化等について理事会を開く。
しかし各地単協末端の全協連会員のほとんどすべての人々は、
中央で進めている構想など、まったく知らないし、
全協連の理事に聞いても
『さあ、どうなっているのでしょう?』と、
現実を掌握しきっていない。
ましてそれが各地取引所当局となると
『全協連首脳部は、なにかやっているらしい―』という程度で
関心は強いのだが、知らしめられていないようだ。
全協連には五名によるトップ会談がある。
このトップ会談で
「同一支配下の取引員が同一取引所において
過度に集中しないよう配慮し、
取引所会員数の5%、取引員数の10%」とする方針を、
きょうの理事会にかけるそうだが、
降ってわいたような、この自主規制制度化には
取引所当局者たちもびっくりして
『思いつきも甚しい』『ナンセンスだ』『出来るはずがない』
―と、極めて批判的だ。
この規制は〝同一支配下〟の見きわめをどうつけるのか、
資本主義経済の自由競争を否定するのかという、
きわめて素朴な疑問を投げかけるのである。
筆者は、全協連のトップは
〝あまりにも日本人的〟発想に過ぎて、
単純、淡白でありすぎると思う。
また、全協連は直参的記者群による新聞ロビーを
築こうとする全協連記者クラブ設置の考えもあると聞く。
新聞ロビーの弊害はつとに言われて久しいものがある。
全協連は全取引員業者の団体であることを
全協連首脳者は忘れてはいけない。
●編集部註
日柄的に当時の大納会まで一カ月を切っている。
野球の如くストーブリーグに入ったという事か。
荒れ相場だと、こうはいかぬ。
国内外共に閑散相場に入ったという事。
牧歌的な時代であった。
【昭和四九年十二月二日小豆五月限
大阪一万七二二〇円・東京一万七一九〇円】
昭和の風林史(昭和四九年十二月二日掲載分)
期待は出来る 掉尾の強力反騰
小豆の日足線の下値が切り上がっている。
おりしも二日新ポ月。意外な反騰が期待される。
「冬浜に人現れて消えにけり たかし」
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