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森羅万象

「萍を岸につなぐや蜘の絲」 千代女 (2017.07.24)

昭和の風林史(昭和五四年七月十六日掲載分) 
先生の碁 勝を勝ちきるには
四千円台は売り上がりたい人。
二千五百円以下を買いたい人。
小豆相場はこれからである。
「萍を岸につなぐや蜘の絲 千代女」
フライビーンズをつまみながら先生は碁を打っている。
入れかわり立ちかわり阿波座の小鬼たちが出入りしたり、
碁の成り行きを見守ったり。
相談を持ってくる人。報告に参ずる人。
注文をもらいにくる人。
星取表を見ると、きょうの先生はよくないし、
今打っている碁も、かなり開いているみたいだ。
それでも一目、二目と先手、先手で稼いで御座る。
阿波座の小鬼が
『二番「(二十目足りない)ですか』という。
先生は『馬鹿。勝ちだよ』という。
『君たち、大損するだろ。
一度に取り返そうとするから駄目だ』。
先生は、確かに碁を打っては、
四番(40目)、五番(50目)負けていても、
二目、三目と取り戻しにいく。
勝負を投げないところが立派である。
(―と書くと、投げるわけに、いかんのだよ、と、
この碁のルールを知らない小生に
説明してくれる人がいるかもしれない)。
阿波座の小鬼の一人に、
『君が損した、あの二億円というお金は大きなお金だよ。
日歩5銭でまわしてみ、大変な金額だ』。
先生は、かつて買い占めに失敗し、大損したことがある。
先生は仕上げがへただ―と小鬼が言う。
玉を仕込む時は五枚、五枚でもいいですが、
ココ―という仕上げの急所でも、
五枚、五枚、あれはいただけません。
『なにぬかす。あれがわしの流儀だ』。
あれだけ開いていた碁が、いつの間にか、
コミにかかっている。
先生は去年から、コツコツと、大損した分を取り戻し、
阿波座の小鬼の一人に言わせれば、
あの時の損分は十分取り戻しているはずだと言う。
先生は『馬鹿ぬかせ』と大きな声で言った。
先生はお行儀も悪いけれど言葉も悪い。
阿波座の小鬼たちはそこのところが、
また魅力らしい。
先生は小豆相場の大暴落で毎日が御機嫌だったが、
利入れするのも五枚、五枚だから時間を食っている。
阿波座の小鬼は、そういう先生が歯がゆい。
先生は、東京の近しい先輩に、
『どうも心配で、心配で―』と洩らしている。
折角の利益が、はげてしまうのが心配なのか、
それとも自分の玉が狙われるのが心配なのか、
それは判らぬが、勝を逃がす碁の多いことも
小鬼たちの危惧するところだ。
●編集部註
 忙中、閑あり―。
 昔の方が良かった、とは言わないが、
商品、証券、外為を問わず、良くも悪くも
取引自体が全体的に今の方がせわしいというか、
せせこましいというか、余裕がなくなっている気がする。
 熟慮断行の熟慮が出来なくなっているような…。