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森羅万象

「赤々と日はつれなくも秋の風」 芭蕉 (2016.09.12)

昭和の風林史(昭和四九年九月六日掲載分)
下げ相場完了 高水準の逆張り
小豆相場は高水準三千円圏内の動き。
内部要因面から硬化。
七千円は頑強な抵抗であった。
「木曽節のほかは踊らず月は更け 非文」
相場というものは高いと買いたくなるし、
安いと売りたくなるから難儀である。
相場巧者は
高ければ高いで見きわめをつけて売っていく。
安ければ安いで目標を持って買い下がる。

相場の天井は最も強く見えたところ。
相場のそこは最も悪く見えるところ。

板崎投げ、栗田投げ、
われも人も皆投げたところが底だった。
昨年も板崎氏の投げたところが大底だった。
この二月も彼が投げて底を打ち、
三月は栗田投げで反騰に転じた。

相場は皮肉に持って回る。
ポケットの中身を覗かれているような気もする。
腹だたしい事だ。

勝負師に限らず相場師は
ツキに見はなされたらもう駄目だ。
四斗樽一杯の才能より盃一杯の運河、
どれほど勝るか、はかりしれない。

相場の世界は冷徹である。
遠巻きにして、
活動している相場師の
ツキ、ツカヌを見守っている。
ついている相場師には、ちょうちんがつく。
ちょうちんのついた相場師は、
あたかも自分の力量以上に
力があるような錯覚に陥るが、
いずれは醒めて、はかなさを知る。
天に向かいて長嘆息する。

つかない相場師には逆向かいされる。
きのうの味方、きょうは敵。

なにがなんでも勝たねばならぬ世界だ。
相場の世界には新しい英雄が颯爽と登場し、
悄然と消えていく。
それがこの街の掟である。
去る者、日日に疎しという。

芭蕉は「此道や行く人なしに秋の暮」と、
もののあわれを吐き捨てた。
そして「あかあかと日はつれなくも秋の風」。
「野ざらしを心に風のしむ身かな」―と泣いた。
相場で打たれた暗澹とした心の中を吹き抜ける。

頑強な抵抗線一万七千円を崩せず、
再び小豆相場は
高水準の三千円圏内での動きが活発になってきた。

降霜不安。秋の需要期。ホクレンの価格操作。
悪材料出尽くし。値ごろ買い。玉整理完了。
市場人気が極端に弱くなったこと、
即ち投げたあたりの売り込み。
相場は内部要因面からも反騰の態勢である。

●編集部注
当時の相場をリアルタイムで接していると
「三千円も動けばそろそろ」と思うだろう。

実際そうのだがそう簡単な話ではなく、
そこから「羹に懲りて膾を吹く」投資家心理が
相場全体の振幅を歪めてしまう。

【昭和四九年九月五日小豆二月限大阪一万六八八〇円・三七〇円安/東京一万七〇〇〇円・二〇〇円安】